豊神社(戸田ゆたか)

豊は神社が先か地名か先か

戸田豊神社

読み方 ゆたか-じんじゃ(とだ-ゆたか)
所在地 名古屋市中川区戸田ゆたか 地図
創建年 不明
社格等 不明
祭神 不明
アクセス

・近鉄名古屋線「戸田駅」から徒歩約15分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度

 かつての戸田村だったところで、現在は戸田、戸田西、戸田明正、戸田ゆたかに分かれている。豊神社はその中の戸田ゆたかに位置している。
 戸田ゆたかにあるから豊神社なのか、豊神社があったから戸田ゆたかになったのか。
 戸田ゆたかはかつてゆたか団地と呼ばれていて、地図を見てもきっちりと区画整理された新興住宅地だということが分かる。
 戸田村としての歴史は古いものの、地区としての歴史は新しそうだ。

 豊神社がいつからここにあったのかは分からない。もともとここに創建されたのか、よそから遷してきたのか。
『尾張志』などの江戸期の書にこの神社に相当するようなものは出ていない。
 戸田村は一之割から五之割に分けられて、それぞれの割に氏神を祀っていた。八幡社天神社 、鈴宮社白山社神明社、がそうだ。

 本殿の区域に社が三社並んでいて、中央が熱田神宮、向かって左が秋葉神社、右が浅間神社とプレートがかかっていたから、この神社の本体は熱田社のようだ。
 明治に入ってから創建された神社だろうか。あるいはぐっと新しくて昭和の神社かもしれない。

 ただ、この神社、いろいろ分からないことがあって、ちょっと謎めいている。
 本社の左手が小さな公園になっていて、そこにいくつかの像や碑が並んでいる。
 順番に見ていくと南から、白龍社と彫られた社号標、今枝勝一氏之像とある銅像、長徳寺故跡碑、忠魂碑となっている。全然、事情が分からない。
 特に分からないのが白龍社の社号標で、石柱だけあって社のたぐいがない。しかし、手水舎の水盤が残っているところをみると、もともとここにあったのかもしれないとも思う。
 今枝勝一氏という人が何者かは分からない。
 長徳寺がここにあったのか、石碑だけがここに移されたのかも不明。
 忠魂碑は豊神社にあるものなのか、他から移してきたのかも分からない。

 結局、熱田社らしいということだけは分かっただけで、いくつものはてな? を抱えたまま神社を後にすることになった。
 愛知県神社庁への登録はなく、調べてみてもこれ以上のことは分からなかった。
 入り口の自然石を使った社号標や木造の鳥居は立派だし、参道の奥行きもあってけっこういい感じだから、このままこの地区に埋もれさせておくのはもったいないように思った。
 ロケーション的に住宅地のどん詰まりのようなところで後ろは福田川だから、地域住人以外の人が訪れることは少ないんじゃないだろうか。
 もう少しどうにかならないものかと部外者として勝手なことを思うのだった。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

戸田ゆたかにあるから豊神社なんだろうなぁ

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