神明社(八田)

八田村の唯一の神社

八田神明社

読み方 しんめい-しゃ(はった)
所在地 名古屋市中村区並木2丁目266 地図
創建年 不明(1657年か)
社格等 村社・ 十四等級
祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
アクセス

・近鉄名古屋線「八田駅」から徒歩約3分
・駐車場 なし

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オススメ度

 八田村(はったむら)にあった神明社で、今も八田の地名とともに残った。
 八田村は南に万町村(まんちょうむら)、北東に烏森村、北西に岩塚村がある小さな村だった。村の神社は江戸時代からこの神明社一社だったようだ。

『愛知縣神社名鑑』はこう書いている。
「創建は明かではない。古来隣郷の万町と同一村にて後八田の地開けて万町と同じ神明社を祀り、八田の新宮と称した。『尾張志』に神明社、八田村にありと、明治5年7月、村社に列格する」

『尾張國地名考』の中で津田正生は八田村について、「八は仮借にて正字治田(はりた)村の言便なるべし」と書いている。

 南にあった万町村が北に向かって開墾していって支村のようになり、後に独立したという流れだっただろうか。万町にあった神明社地図)の分社のような格好だったかもしれない。

『寛文村々覚書』ではこうなっている。
「神明壱社 社内年貢地 中郷村祢宜 孫大夫持分」

 境内が除地ではなく年貢地になっていたようだ。

『尾張徇行記』はもう少しくわしい。
「神明社界内年貢地 府志ニモノレリ」
「中郷村祠官高羽氏書上帳ニ、神明社内三畝年貢地、此社明暦三年酉年草創也」

『張州府志』(1752年)にも載っていて、やはり境内は年貢地で、中郷村祠官高羽氏が持っていた記録には明暦三年(1657年)に創建したとあるとのことだ。
 草創(そうそう)は創建と同じ意味で、初めて寺社を建てることをいうから、この記録を信じるならこの年に創建されたと考えてよさそうだ。
 万町の神明社は前々除になっているから、あちらの創建は江戸時代初期かそれ以前にさかのぼる。

 遷座したという話はないから、最初からここに鎮座していたと考えていいだろうか。すぐ南を近鉄名古屋線とJR関西本線が通っているから、その工事の影響を受けている可能性はある。
 拝殿、本殿ともに木造でけっこう古そうだ。本殿は茅葺(かやぶき)だったか檜皮葺(ひわだぶき)だったかはっきり確認できなかったのだけど、戦前かもっと前に建てられたものかもしれない。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

八田の神明社は昔から変わらず当たり前のようにある

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