古傳馬神社

元は熱田社らしいのだけど

古傳馬神社入り口

読み方 こてんま-じんじゃ
所在地 名古屋市南区豊1丁目35-17 地図
創建年 1686年頃(江戸時代前期)
旧社格・等級等 無格社・十二等級
祭神 天照大神(あまてらすおおみかみ)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
建稲種命(たけいなだねのみこと)
アクセス 名鉄常滑線「豊田本町駅」から徒歩約6分
駐車場 なし
その他 例祭 10月17日(10月10日? 体育の日?)
オススメ度

 古傳馬神社とはちょっと変わった名前だ。
 傳馬(伝馬)というと、東京日本橋の小伝馬町(こでんまちょう)を思い浮かべるという人が多いかもしれない。
 この神社を紹介する前に、まずは伝馬(でんま/でんば)について簡単に解説しておいた方がよさそうだ。
 伝馬というのは、字からも想像できるように、馬を伝えるものということはなんとなく分かる。
 初めて伝馬制を導入したのは、大化の改新の翌年、646年に出された改新の詔(かいしんのみことのり)によるとされている(それ以前から馬による伝達などはあった)。
 簡単に言うと、馬の置き場所を決めておいて、馬を乗り継ぎながら人や荷物や伝令などを運ぶというものだ。
 平安時代になっていったん廃れたのち、戦国時代に再び採用され、江戸幕府を開いた徳川家康によって本格的に整備された。
 街道の宿場ごとに馬を置いて、主に幕府の役人などが公用の際に使った。馬も長い距離を走り通しでは弱ってしまうし、酷使すると死んでしまう。元気な馬を乗り継いだ方が早く行けるということもあっただろうし、馬を宿場ごとに管理する方がなにかと都合がよかったというのもあった。
 各地に残る伝馬という地名は、たいていこの伝馬から来ているものだと思う。東京ももちろんそうだ。

 古傳馬神社というからには傳馬神社や新傳馬神社もあるのかといえばそうではない。あるのは古伝馬新田と新伝馬新田だ。
 まず、伝馬新田が江戸時代前期の1673年(寛文13年)に開発された。熱田伝馬役人の稲葉源三郎と大森伊右衛門が任に当たった。
 これは、熱田宿の伝馬の助けになるようにということで開発された新田だった。伝馬の管理は宿場がやらなければいけなかったので、金銭的な負担も大きかった。それを補おうというものだ。
 その後、元禄9年(1696年)にあらたに伝馬新田が開発され、新伝馬新田と名付けられた。このことでもともとの伝馬新田が古伝馬新田と呼ばれるようになる(新伝馬新田は1714年に江戸屋長三郎に売却され長三郎新田と名を変えた)。

 以上のことを踏まえると、古傳馬神社は古伝馬新田の守り神として祀られたと考えるのが自然なのだけど、どうやら違うらしい。
 旧称は熱田社で、創建は1558年というのだ。もともと建てられたのも今の場所ではないという。
 旧地は豊1丁目3(地図)で、古伝馬新田の北堤防沿いだったところだ。
 1558年というと戦国時代で、桶狭間の戦いの2年前に当たる。その頃のこの場所は葦原が広がるだけだったというから、民家もなかったのではないか。そんな場所に神社を建てるだろうか。
 今昔マップの明治中頃(1888-1898年)を見ると、堤防沿いに家が何軒か並んでいるだけだ。
『南区神社名鑑』は明治33年(1900年)に水害に遭ったため現在地に移されたと書いている。
『南区の神社を巡る』は大正末期に社殿を修造して、そのとき古傳馬神社と改称したとしている。
『愛知縣神社名鑑』に「明治6年据置公許となる」とある。

 本来熱田社だったにしても、祭神が日本武尊(ヤマトタケル)と建稲種命(タケイナダネ)というのはかなり違和感がある。熱田社系神社の中でもかなり珍しい組み合わせだ。
 タケイナダネはヤマトタケルの妃となった宮簀媛(ミヤズヒメ)の兄で、ヤマトタケルの東征の際に副将軍として従って、帰りに駿河の海に落ちて死んだとされる。熱田神宮(web)の祭神として加わっているものの、名古屋の神社では影が薄い。どうしてここにタケイナダネを入れたのか不思議に思う。
 しかも、天照大神(アマテラス)はいつどこで入ってきたのか。
『南区の神社を巡る』は、本殿の祭神を天照皇大御神として、相殿神を熱田大神と建稲種命としている。
 本家の熱田神宮も明治以降に熱田大神とは草薙剣に宿るアマテラスのこととするようになったのだけど、江戸時代まではそうではなかった。もし本当にそうであれば、アマテラスと熱田大神を同時に祀るというのもおかしな話だ。主祭神として熱田大神を祀り、相殿でもアマテラスを祀るというのは矛盾する。
 このあたりの話を追求するのは別の機会にするとして、とにかく今の古傳馬神社ではこの三柱を祀るということになっている。

 古傳馬神社という名前から受ける印象と実際の古傳馬神社の間には何かしらのギャップがある。
 1558年創建の熱田社というのは本当なのだろうか、という思いが最後まで消えずに残った。

 

作成日 2017.4.25(最終更新日 2019.8.10)

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

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