津島社(名駅南)

謎の堀川沿い津島社

名駅南津島社

読み方 つしま-しゃ(めいえきみなみ)
所在地 名古屋市中村区名駅南2丁目1-13 地図
創建年 不明
 十五等級
祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)
アクセス

・地下鉄鶴舞線/東山線「伏見駅」から徒歩約18分
・駐車場 なし

webサイト  
オススメ度  

 堀川沿いにある小さな津島社なのだけど、入り口の扉は閉ざされ、有刺鉄線で屋根部分を囲っていて、一見すると廃社になった神社のように見える。しかし、そうではないというネット情報がある。
 堀川を挟んだ向かいにある洲嵜神社の宮司さんの話によると、津島市の津島神社の例祭である津島天王祭で行われる御葦流し(みよしながし)にまつわる社なのだという。
 厄落としのため厄を葦(よし/あし)に託して天王川に流す神事で、それが辿り着いた先は疫病が起きるということで葦を祀るために建てられたのがこの社なのだとか。
 けど、ちょっと待てと思う。天王川は江戸時代、佐屋川に合流して伊勢湾に注ぎ込む川ではあったけれど、それはここからずっと西だ。たとえ熱田湊まで流れ着いたとしても、そこから人工の運河である堀川を5キロ以上も遡るなんてことは考えられない。本当に御葦流しの葦を祀る社を建てるとしたら、少なくともここではない。

 更によく分からないのは、『愛知縣神社名鑑』にある説明だ。
「創建は文化元年(1804)6月、と伝う。牧野の人々天王社と称して崇敬あつく、明治8年、据置公許となる」
 創建は江戸時代後期の1804年で天王社を祀ったというのはいいとして、牧野の人々とあるのが解せない。ここは江戸時代でいうと廣井村だ。牧野は名古屋駅裏で、ここまで牧野村だったとは考えられない。
 違う津島社のことを言ってるのかと思ったのだけど、住所としては名駅南2丁目となっているから、この津島社のことだ。
 牧野は廣井の間違いだろうか。
『尾張志』や『寛文村々覚書』などの江戸期の書物には、牧野村に天王社があったとは出ていない。

 結局、この津島社がどういう神社なのかはよく分からないのだけど、洲嵜神社の宮司さんが兼務していて、正月と天王祭に神事を執り行っているのは間違いなさそうだ。
 それ以上のことは不明ということで、いったん保留とする。何か分かったら追記したい。

ブログ記事(現身日和【うつせみびより】)

入れないけど稼働しているのか? 名駅南津島社

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