君は聞くか、この神社が奏でる壮大なハーモニーを。好きな神社を訊かれたらまずこの神社を挙げる。
ここに棲んでいるのは鬼か、神か?江戸時代まで天狗が駆け回っていたという伝承を今に伝える。
何かいるだろう、ここ。奥まった鳥居の奥に尋常ならざる気配がする。正体は龍神か、それ以外か。
濃厚すぎる古代の香りを真空パックしたような空間。なんだここはとのけぞった。日本武尊と宮簀媛がここで出会ったという。
太古の石神と須佐之男が出会った水辺。多くの要素が複雑に絡み合って混沌としている。鎮まらずにもがいているものの正体とは?
都会の真っただ中に、異次元の高エネルギーが天に向かって立ち上っている。見えない炎が神社を包み込み、今にも燃え上がらんとしているようだ。
名古屋を代表する神社といえば、やはり熱田神宮ということになる。まずはここを参らないと始まらない。好むと好まざるとにかかわらず。
名古屋の総鎮守はどこかと訊ねて答えられる名古屋人は少ない。実はここ、栄の若宮八幡社こそが名古屋の総鎮守だ。
宮簀媛ゆかりのお宮。大高という土地は意義深く、神社の隣には常世島がある。ぜひ元宮を訪れて、何かを感じてほしい。
とても男らしい神社だ。いい意味で重々しさがある。延喜式内社の物部神社はここという説がある。
女性的な神社に感じられるのは女神を祀っているせいだけではない。美しく、たおやかで、清浄な空気感は他にはちょっとないものだ。
境内で他の参拝者に出会ったら、ここいい神社ですねーと話しかけたくなる。社殿横にある迫力満点の大楠は名古屋一の楠だと思う。
日本武尊伝承ゆかりの地に建つ。これぞ官社と思わせる立派な佇まい。どこへ出しても恥ずかしくない自慢の長男のような神社。
蛇毒気神という禍々しい神を祀る。ハイリスク・ハイリターンを覚悟すべきか。ただしそれは過去のこと。今は穏やかに鎮まっている。
反逆の皇太子とされた大山守を祀るという。日置とは何か? 日置部から来ているのかそうではないのか?謎は深まる。
なんだここ、キラキラしてる。目には見えないダイヤモンドダストみたい。宮簀媛の魂の欠片が今でも空中に漂っているのだろうか。
かつて精進川のほとりにあって、熱田社へ参る人たちがこの社で身を清めた。今は住宅地の中に静かにたたずむ。珍しく社殿が北を向いている。
ハンサムな神社。凜々しくて背筋が伸びている感じ。社殿建築ってカッコイイものなんだということを再認識させてくれる。
ここはちょっと普通じゃない感じ。六所社の皮を被った古社と見た。実は延喜式内社なんじゃないかと密かに思っている。
かつて子供たちの守り神として賑わったお宮も、今やすっかり寂れて訪れる人も少なくなった。そんな寂しい感じがじんわり伝わってくる。
鳥居から一歩踏み入れた足が止まった。うっ、なんかいる。何者かの濃密な気配は、神か、鬼か、はたまたモノノケのたぐいか。
古き良き伝統を今に伝える古典的な町の鎮守社。町を守り、町に守られる良好な関係性が今も感じられる。
旧東海道沿いの町中にあるにもかかわらず、境内には巨木が何本もある。なんとなく大きな存在に包まれている安心感がある。
熱田から盗まれた草薙剣の代わりをここでこっそり作って八剱社に納めたという独自の伝承を今に伝える。古墳の被葬者は一体誰だ?
河原の吹き抜けで風を受けながら参拝できる貴重な神社。あ、空が広い、と思う。空と光と風を感じられる場所。
広い田んぼに囲まれた長い参道を持つ神社。かつては普通にあって今は失われたありきたりな風景の残像。訪れるなら初夏か秋に。
名古屋港とともに誕生し、成長してきた名古屋港総鎮守。港の人と町を守り、守られる。港区を代表する神社だ。
神社の多様な有り様のひとつがここにある。神仏習合どころではないごた混ぜ民間信仰の結晶体。こんな貴重な神社を廃社にするなんて。
清洲越で移ってきてから400年、名古屋城下の町と人々をずっと見守り続けてきた。思いと歴史を飲み込んで黙して語らず。
斬新すぎる参道風景。両脇がジャングルの参道を進んだ先に後光が差し込む本社が出迎えてくれる。徳川家康を祀るというのは表向きの話。
遙か古代、遠く九州福岡の志賀島からこの地にやってきた海人族が海の神・綿津見を祀ったのが始まりとされる。しかし、案外逆なのでは?
尾張における物部氏の本拠地の一つ、味鋺。我々はここにいるぞと、物部の声がする。尾張は尾張氏の影に隠れて物部が見え隠れしている。
平将門の乱を鎮めるべく、熱田の七神を集結させて祈った。あれから千年余り。流れた歳月に思いを馳せる。
桜通の名前はここ桜天神に名物の桜の木があったことに由来する。江戸時代は名古屋城下に時を告げる鐘が置かれた場所でもある。
物部の武器庫だったところに祀られたという伝承を持つ。いつ誰がここに高皇産霊尊を祀ったかが問題だ。
江戸時代以前から廣井村にあったものを名古屋城下の町人町に移して祀った浅間さん。四間道の町並みと共に江戸時代の空気感を今に伝える。
名古屋で子供の守り神といえばここ。しかし、その正体は謎めいている。タカクラさんとは何なのか?御子とは誰の子か?
すぐ近くまで海だった時代、この楠木が舟の発着所の目印となっていたという。樹齢千年を超えるとされる大楠は名古屋を代表する銘木の一つだ。
そこはかとなく格式が高い神社に思える。境内に立っていると背筋が伸びる感じ。伊勢の外宮の別宮・多賀宮ゆかりと伝わる。隠れた名社ではないかと密かに思っている。
津田正生はこの諏訪社こそ式内・澁川神社だといった。それはあり得ると私も思っている。どこかくすぶっている感じが気になった。
社の地名は”白い矢”から来ているという。白羽の矢が立つとは、人身御供に選ばれたということ。今も何者かが守っている気配がする。
これぞ田んぼの鎮守様。江戸時代の田んぼの守り神の面影を残す。地域を守り地域に守られてきた幸福な神社の形がここにある。
八幡神と須佐之男が合体した神社。なんだか知らないけど奥から強いエネルギーが発せられている。これが須佐之男の”気”というやつか?
鳥居をくぐってすぐ何か独特の空気感が満ちている感じがした。それは祀られている神ゆえなのか、この土地が重ねてきた歴史なのか。
横地氏によって古墳の上に建てられた八幡宮。正統派二枚目のような神社で、凛々しくキリッとしている。
かつては熊野権現。天白区を代表する神社といえば式内針名神社だけど、こちらもお忘れなく。街の神社の皮を被って歴史を秘めている。
山神社好きの私が一番好きな山神社といえばここ。なんて清浄な神社だろうと思う。素晴らしく居心地がよくて長居できる。
拝殿の奥にどなたかいらっしゃる。男らしくて厳かな気を放つ何者かが。これが龍神というものなのか、と本気で思った。
今もこの神社を誰かが守っていて、それはきっと茶屋家の誰かだろうと思う。誇りと悲しみが入り交じった感情が境内を支配している。
完全新築神社(平成26年築)。とにかくすべてが新築のピカピカで、それが見られるのは今のうちだけ。行くなら今しかない。
開放的なのに境内の空気感がいい。必ずしも閉ざされていなくてもいいのか。社殿は端正で整っている。キリッとした二枚目のような神社だ。
宗春が打ち上げた花火は名古屋城下を鮮やかに一瞬照らしてほどなく消えた。古渡が名古屋一の歓楽街だった頃の記憶を今に伝える。
ちょっとしたお楽しみがある神社で、訪れる人をくすりとさせる。ほっこり気持ちが和む神社はそんなにない。なんかここいいなと思った。
神社を好きになるのに理由はいらない。なんとなく好きでいい。誰にでもそんな神社が一つや二つはあるのかもしれないですね。
なんて爽やかな神社なんだ。境内には浄化ミストが降り注いでいて心身共にリフレッシュする感じがする。穢れを祓いたいときはここがオススメ。
下里家の別荘地に残された小山園の忘れ形見。とても気持ちのいい空間で居心地がいい。330年ほど前芭蕉もこの場所に立ったはずだ。
神ノ倉の山頂に鎮座する熊野権現は歴史の謎を秘めたまま沈黙を守る。諏訪明神によって追いやられたというのは本当だろうか。
名古屋における受験の神様ナンバーワンの呼び声が高い天満宮。近年ギラギラ感が出てきたのは境内社の金神社の勢いが増してきたからか。
織田信秀・信行親子が居城した末森城跡にいくつもの神社を寄せ集めて建てた神社。多くの思いが積み重なっているように感じるのはたぶん気のせいじゃない。
すでに廃社となってしまって今はもうない。惜しい神社をなくした。今もあれば間違いなくマイ・ベストテンに入る神社だった。