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御嶽神社・小社(東大道町)

道ばたで見守る

読み方おんたけ-じんじゃ(ひがしだいどうちょう)
所在地尾張旭市東大道町原田 地図
創建年不明
旧社格・等級等
祭神不明
アクセス名鉄瀬戸線「尾張旭駅」から徒歩約7分
駐車場なし
webサイト
例祭・その他不明
神紋
オススメ度
ブログ記事

御嶽神社と天王社か

 瀬戸街道と天神川が交差する北にある小社。
 車からこの祠を見たことがあっても、わざわざ参拝したという人は少ないだろう。私もそうだった。
 なんとなくその存在は認識していたのだけど、尾張旭市編をやっているときは思い出さなかった。
 瀬戸市編の取りこぼし神社回りをした帰りにこの横を通って、あっ、と思った。
 一瞬、見て見ぬフリをしようかと考えて、この機会を逃すと永久にすれ違ってしまうと思い、急ブレーキで自転車を止めた。
 呼び止められたのかもしれない。おいおい、素通りはないだろうと。
 自転車を引き返して、このとき初めて参拝することになった。
 そして知ったのが、ここが御嶽神社だということだ。
 いや、神社というか御嶽神社と彫られた石碑があるというだけで、手前左にある小さな石造の祠が御嶽のものかどうかは分からないので、神社と呼ぶのは少し無理がある。
 向かって右手にある小社は朱塗りの外観からしてかつての天王だろうと思う。

東大道と位置関係

 一般に地元では瀬戸街道と呼ばれている道は県道61号線(名古屋瀬戸線)で、東区矢田の「矢田5丁目交差点」を起点とし、瀬戸市西蔵所町の「瀬戸橋交差点」を終点とする。
 制定されたのは昭和31年(1956年)ながら、この道は相当古くからあったはずだ。それこそ縄文時代からあったかもしれない。
 御嶽神社の横を流れているのは庄内川水系矢田川支流の天神川で、尾張旭市を水源とし、守山区脇田町で矢田川と合流している。
 名前の由来は現在の澁川神社がかつて蘇父川天神と呼ばれたからというのが通説なのだけど、澁川神社(蘇父川天神)は天神川から離れたところにあるし、そもそも蘇父川天神は近くを蘇父川が流れていたからそう呼ばれたとされるので、この説には矛盾がある。
 天神川の由来は別にあるのではないかと個人的には思っている。

 御嶽神社はこういう位置にあるのだけど、元からここにあったとは限らない。別のところにあったものをこの場所に移した可能性の方が高い。
 一緒にある天王らしき社もそうだろう。

 江戸時代のこのあたりは新居村の東大道と呼ばれる集落だった。そのまま町名になった(昭和45年)。
 東大道の西は西大道なので、新居村の中を通る瀬戸街道の東と西ということだろうか。
 新居村の神社については多度神社(新居)に書いたので、ここでは繰り返さない。
 南北朝時代に水野又太郎良春が新たに居を構えたので新居とされたというのだけど、新居集落はもっとずっと古くからあったのではないかと思う。
 神社は明神、権現、天道、諏訪明神、白山、大明神、山神の7社あり、多度大明神が氏神だった。
 この神社の数と顔ぶれを見ても古い歴史のある村だったことがうかがえる。

今昔マップで辿る東大道の変遷

 今昔マップの明治中頃(1888-1898年)を見てみる。
 基本的な町並みは今とそれほど違わない。瀬戸街道沿いに民家が集まっており、ため池の平池(今より2倍以上広かった)があり、田んぼが広がっている。
 大きく変わるのは、明治38年(1905年)に瀬戸自動鉄道が開通してからだ。
 瀬戸街道から少し離れた北を通ったことで新居村は分断される格好になった。
 面白いのは駅の場所と名前が今とはだいぶ違っていることだ(大正9年時点)。
「ひらいけ」-「あらゐ」-「つんぼいし」となっている。
 ”つんぼいし”とはまたひどい名前だけど、近くに聾石と呼ばれる石があったことから名づけられたようだ。
 聾石は南無阿弥陀仏と彫られた1メートルほどの石で、名古屋城築城の際に石垣の石として運んでいたらここに落ちて動かなくなってしまったため、役人が村人に口止めしたという伝承がある。
 現在は民家の庭に移されているようで、見られるのかどうか分からない。

 その後の地図を辿っていくと、田んぼが区画整理されて民家が増えていった様子が見て取れる。
 名古屋のベッドタウンとしての性格が強い町だ。
 ただ、瀬戸線頼みで、その肝心の瀬戸線が栄止まりということもあって、思ったほど発展しなかった。

 そんな東大道や瀬戸街道の守り神として御嶽神社や天王はここにある。
 こんなものは必要ないから撤去してしまえというのは乱暴な話で、こういったささやかな祠とかお堂とか石仏は日本人の精神性を示すという意味でも価値があり、役割があるのだと思う。
 コンビニよりも神社の数が多かったり、超高層ビルを建てる前には神職を呼んで真面目に地鎮祭を執り行うのが日本という国であり日本人だ。
 世界の中で、こうした日本人だけの有り様をこれからも大事にしていきたい。

作成日 2025.4.3


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