タカクラジ《高倉下》

タカクラジ《高倉下》

『古事記』表記 高倉下
『日本書紀』表記 高倉下
別名 高倉下命、高倉宇志命、手栗彦命、天筑摩命、熊野耳命、天香語山命と同一とも(『先代旧事本紀』)
祭神名 高倉下命・他
系譜 (父)天前玉命または邇芸速日命
(母)天道日女命
(妻)熟穂屋姫命
(子)大沼主命、天忍人命
属性  
後裔 尾張氏
祀られている神社(全国) 神倉神社(和歌山県新宮市)、高倉神社(三重県伊賀市)
祀られている神社(名古屋) 高座結御子神社(熱田区)
『古事記』、『日本書紀』ともに、おおむね共通した話が語られ、珍しく表記も高倉下で一致している。
 東征中の神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)が熊野村に到ったとき、「大熊髣出即入失」と『古事記』は書く。
 一般的には大きな熊が髣(ほの)かに出てすぐに去ったというように解釈されるのだけど、「髣」は本当にかすかにといった意味なのだろうか。もしかすると「大熊髣」という人物または別の何かが現れたということではないのか。
 この後、イワレビコと兵士たちは突然気を失ってしまったという。
 そこへ熊野の高倉下(タカクラジ)が横刀を持ってやって来ると、イワレビコ一行は目を覚まし、イワレビコは長く寝ていたなと言う。
 イワレビコがその横刀を受け取ると、熊野の山の荒ぶる神たちは自然に切り倒されてしまったという。
 そこでこの横刀をどうしたのかと尋ねるとタカクラジは夢を見たと答え、その夢の内容を語るには、天照大神(アマテラス)と高木神(タカギ)が建御雷神(タケミカヅチ)を呼んで葦原中国で私の子供達が困っているから天降って助けるようにと言うと、自分が行かなくても葦原中国を平定したときに使った横刀があれば事足りるからこれを降ろそうとなり、タカクラジの倉の屋根に穴を開けて落としたという。
 タカクラジが目を覚まして倉を見てみたら実際に横刀があったのでそれを届けたと説明した。
『日本書紀』が『古事記』と違うのは、熊野荒坂津に現れたのは大熊ではなく、丹敷戸畔(ニシキトベ)という人物で、この人間を殺したところ、神が毒を吐いて一行は病み衰えてしまったとする部分だ。
 タカクラジが見た夢の内容は同じで、違いとしては「劔」としている点だ。横刀と剣では違うものだとは思うのだけど、厳密に区別していなかったのだろうか。
 この横刀(劔)は韴靈(フツノミタマ)といい(佐士布都神、甕布都神、布都御魂とも)、後に石上神宮(web)で祀られることになるという部分も記紀で共通している。
 タカクラジは熊野で登場しているから単純に熊野の人と思いがちだけど、『先代旧事本紀』は天香語山命(アマノカグヤマ)が天降った後は手栗彦命(タクリヒコ)または高倉下命というとあって混乱する。
 尾張氏の祖とされる天火明(アメノホアカリ)は『先代旧事本紀』では饒速日命(ニギハヤヒ)と同一とされており、アメノカグヤマ=タカクラジはニギハヤヒと天道日女(アメノミチヒメ)との間に生まれた子とする。
 ただ、尾張氏一族とされる海部氏の勘注系図では、タカクラジはアメノホアカリと大屋津比賣命(オオヤツヒメ)との子としている。
 その系図では、アメノカグヤマの子の天村雲命(アメノムラクモ)の弟となっている。
 高倉下を祭神とする神社は三重県伊賀市の高倉神社などがあるが、数は少ない。
 天香語山命でいうと、新潟県西蒲原郡の彌彦神社(越後国一宮/web)などが祭神としている。
 名古屋では熱田区の高座結御子神社が高倉下命を祀っている。このあたりは高蔵という地名で、縄文時代以降の遺跡や古墳が密集する地区となっている。
 北の春日井市には高蔵寺や高座山があり、そちらとの関係も考えられる。
 これらを総合すると、タカクラジは尾張の人間ではないかと思えてくる。タケミカヅチが国譲りのときに使った横刀(剣)が尾張氏を通じて神武天皇にもたらされ、後にそれを物部氏が祀ったということが何を意味しているのか。記紀がはっきり書けなかった事情があり、暗示があるようにも思う。
『続日本後紀』は、高座結御子神は熱田大神の児神だと書いている。だとすれば、熱田大神の正体はアメノホアカリ=ニギハヤヒということになるのではないか。

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