アメノタナバタヒメ《天棚機姫神》

アメノタナバタヒメ《天棚機姫神》

『古事記』表記 なし
『日本書紀』表記 なし
別名 天棚機姫神(『古語拾遺』)、天八千千比売命、天衣織女命
祭神名 天棚機姫神・他
系譜 (子)天八千千比売命(または孫)、天速玉姫神(とも)
属性 機織り、織物
後裔  
祀られている神社(全国) 本宮倭文神社(山梨県韮崎市)、倭文神社降宮明神(山梨県韮崎市)、初生衣神社(静岡県浜松市)、濱名惣社神明宮(静岡県浜松市)、機殿神社(三重県松阪市)、松阪神社(三重県松阪市)、機物神社(大阪府交野市)
祀られている神社(名古屋) 多奈波太神社(北区)
『古事記』、『日本書紀』には登場しない機織りの女神。
『古語拾遺』(807年)は、天照大御神(アマテラス)が天岩屋に隠れてしまったとき、天棚機姫神(アメノタナバタツヒメ)が神衣和衣を織ったと書いている。
 天八千千比売命(アメノハチチヒメ)は天棚機姫神の別名または子、あるいは孫という説がある。機織の神の栲幡千千姫命(タクハタチヂヒメ)と同一神とする考えもある。
 機織りの原形といえる編布(あんぎん)は縄文時代にはすでに始まっており、古くはそういった女性のことを棚機女(タナバタツメ)と呼んでいたとされる。
 織姫と彦星の七夕物語が中国から伝わったのもかなり早い段階だったようで、弥生時代には知っていた可能性がある。奈良時代末成立の『万葉集』には棚機や織女の歌が多く詠われており、鎌倉時代初期の『新古今和歌集』では七夕とあるので、平安時代には棚機に七夕の字が当てられるようになったようだ。
 水辺で神に捧げる機を織って神の一夜妻となった云々という話は折口信夫(1887-1953年)が唱えたもので、それほど古い伝承ではないかもしれない。たとえばニニギが天孫降臨する際に衣服関係の神が供として天降ったといった話は記紀には出てこないことからしてもそう言えそうで、棚機女を祀る神社も少ない。
 ただ、名古屋で天之多奈波太姫命を祀る多奈波太神社は『延喜式』神名帳(927年)に載っていることからすると、平安時代もしくはそれ以前に棚機女を神として祀るという認識があったということだろう。

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