シオツチノオジ《塩土老翁》

シオツチノオジ《塩土老翁》

『古事記』表記 塩椎神
『日本書紀』表記 塩土老翁・塩筒老翁
別名 事勝国勝長狭神、鹽土老翁
祭神名 塩土老翁神・他
系譜 (父)伊弉諾神(『日本書紀』)
属性 導き、製塩
後裔  
祀られている神社(全国) 志波彦神社・鹽竈神社(web)をはじめとする全国の塩竈神社
祀られている神社(名古屋) 塩竈社(御幸山)(天白区)、鹽竈神社(西日置)(中川区)、六生社(中村区)
『古事記』では塩椎神、『日本書紀』では鹽土老翁と表記される。神社の祭神名としては塩土老翁が一般的で、これは『先代旧事本紀』での表記でもある。
『古事記』では海幸(火照命)・山幸(火遠理命)の場面で登場する。兄の海幸に借りた釣り針をなくして困っていた山幸のところに塩椎神(シオツチ)がやってきて、どうして泣いているのかと尋ねる。事情を聞いたシオツチは、それなら綿津見神(ワタツミ)の宮へ行くといいと勧め、竹で編んだ小船を作って山幸を送り出したという。
『日本書紀』第十段の本文にもほぼ同じ話が書かれている。
『日本書紀』はそれに先だち、天津彦彦火瓊瓊杵尊(ニニギ)が天降った場面において、事勝国勝長狹(コトカツクニカツナガサ)という名前で登場する。
 天降ったニニギが住む場所を探して吾田長屋笠狹之碕(鹿児島県南さつま市長屋山とされる)に到ったとき事勝国勝長狹(コトカツクニカツナガサ)に出会い、ここに国はあるかとニニギは尋ね、あります、好きにしてくださいとコトカツクニカツナガサは国を譲ったとする。
 一書のいくつかにも同じような話があり、一書(第四)に事勝国勝神は伊弉諾尊(イザナギ)の子で、またの名を鹽土老翁(シオツチノオジ)と書いている。
『日本書紀』ではもう一度、神武東征の場面で名前が出てくる。神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は45歳になったとき、天孫が国を治めるならどの土地がいいかと兄たちと相談する場面で、鹽土老翁(シオツチノオジ)から聞いたところによると、東に美し国(うましくに)があって、青い山が四方を囲み、そこへ天磐船(アマノイワフネ)に乗って飛び降りた者がいるらしいという話が出る。自分が思うにそれは饒速日(ニギハヤヒ)だろうといってカムヤマトイワレビコの一行は東の大和を目指すことになる。
 塩土老翁を祀る神社の総本社とされる志波彦神社・鹽竈神社(web)の社伝によると、武甕槌神(タケミカヅチ)と経津主神(フツヌシ)は塩土老翁の先導で東国を平定し、シオツチは塩竈にとどまって人々に漁業や製塩法を伝えて神とされたという。
 シオツチのシオは潮にも通じるということで、潮を司る神、安産の神ともされた。
 宮城県塩竃市の鹽竈神社をはじめ、全国の鹽竈神社系で祀られる。
 名古屋では天白区の塩竈社(御幸山)、中川区の鹽竈神社(西日置)、中村区の六生社で祀られている。
 塩竈社(御幸山)は安産祈願・祈祷に特化した神社で、戌の日には大勢の妊婦さんが祈祷を受けるために訪れる。

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