まだ見ぬ神社がいっぱい

 今日の1ページは守山区の斎穂社
 斎穂社の存在はずいぶん前から知っていたし、渋川神社に伝わる天武天皇時代の悠紀斎田のことも碑を呼んでぼんやり認識はしていたのだけど、今回少し勉強してみて、どういうことかようやく輪郭だけは分かった。あの小さな斎穂社にそんな由緒があるとは思いもしなかった。
 立派な神社でも創建のいきさつがほとんど伝わっていないところも多い一方で、小さな神社に意外な歴史があって驚くことがある。斎穂社もそういう神社のひとつだ。

 それにしても明治政府め、と思う。前々から気に入らないものを感じていたけど、神社合祀令のことを知ってますますその思いが強くなった。三重県の9割減というのは自分の生まれた県だけに、何をしてくれるんだと言いたくなる。江戸時代までは今の10倍も神社があったというのはびっくりなのだけど。
 考えてみると三重県の神社もそれほど行っているわけではないことに気づく。伊勢の神宮瀧原宮猿田彦神社多度大社二見輿玉神社などは行っているけど、椿大神社伊雑宮伊射波神社結城神社石神さんなど、行きたいと思いつつまだ行けていない神社も多い。
 当分は名古屋市内の神社をめぐるだけでいっぱいいっぱいだけど、そのうち時間を作ってまだ見ぬ神社と出会う旅に出たいと思う。



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