MENU

江戸時代以前が見えない日進

 日進市の八幡社(北新町)御嶽社(北新町)八幡社(折戸)を追加した。

 江戸時代以降についてはある程度はっきりしているのだけど、それ以前のことがよく見えない。
 日進全域で古窯址が見つかっていることから、奈良時代から鎌倉時代あたりにかけて人がいたことが分かっているものの、その後いったん痕跡が途絶えて、江戸時代にまた復活している。
 古墳も知られているものだけではないはずだし、弥生や縄文時代にまったくの未開の地だったとは思えない。
 日進市に延喜式内社はないとされているけど、それに類する古い神社はあるのではないかと思う。
 梅森の八幡社天地社なども候補だろうけど、それよりも古い神社(廃社も含めて)があったとしてもおかしくはない。むしろない方が不自然なくらいだ。

 日進市も残すところ東部の米野木、三本木エリアだけとなった。
 ここを深掘りしても全体像がくっきりするとは思えないけど、まずは全体を把握する必要がある。
 東部エリアはまだほとんど知らなくて、ここに何かヒントがあるのかどうか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

目次