秋葉社と天王社

 今日の1ページは港区西福田3の秋葉社(東之割)
 東ノ割と東之割の表記が混在していてどちらが正しいのかよく分からない。昔は当たり前のようにいろいろな表記があって、それほど厳密ではなかったのかもしれない。
 現在地は下中之割に見えるのだけど、道の西側のこの場所も下中之割ではなく東之割なんだろうかという疑問が消えないままだ。

 港区のこの地区に限らず、かつてはそれぞれの集落ごとくらいに秋葉を祀る社はあったはずで、個人宅では屋根神や庭神として秋葉社を祀っていたところが少なくない。
 名前が分からない小さな社の半分以上はきっと秋葉社だろう。それくらい秋葉社はたくさんあった。
 それに近い存在だったのが天王社なのだけど、天王社はそれほど多く残っていない。須佐之男社や津島社として神仏分離令を生き延びたものもあるけど、多くは明治になって廃社になったかしたのだろう。

 昨日から緑区の神社めぐりを再開した。一気に23社回って、残りは12社となった。
 ページ作りはまだ2ヶ月近くかかるけど、神社めぐりはそろそろ終わりが近い。ただ、終わったと思っても取りこぼしがあって実は終わっていないのだろうと考えると恐ろしくなる。

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