まずは疑って掛かることが必要

 今日の1ページは緑区曽根の神明社
 神社ではときどき、それは絶対あり得ないだろうというような荒唐無稽な伝承があったりするのだけど、最初からあり得ないと切り捨てて検討しないというのは態度として正しくない。否定するにしても肯定するにしても、まずは自分で調べて確認して、よくよく検討を加えてからすべきだ。丸ごと真実ではなくても、真実を解き明かすためのヒントが隠されている可能性はあって、切り捨ててしまえば永久に真実にたどり着けないということにもなりかねない。
 偽書といわれるような書物についても、他人の判断を最初から自分の判断とするのは間違っている。逆に言えば、通説、定説もまずは疑って掛かる必要があるということだ。自分で考えてから決めても遅くはない。通説なんて案外当てにならないものだし。

 元伊勢については少なからず興味があるので、今後とも考察対象としたい。愛知県や三重県、岐阜県の元伊勢と呼ばれる神社にもいくつか行っている。
 倭姫を知ることはヤマトタケルを知ることにもつながるから、名古屋神社ガイドとしてもまったく無関係というわけではない。
 何故、倭姫は天叢雲剣を持っていたのか? どうしてヤマトタケルに与えたのか? 倭姫にその資格があったのか? ヤマトタケル亡き後、どうして尾張氏に天叢雲剣(草薙剣)の返還を要求しなかったのか?
 そのあたりは熱田社創建に深く関わる問題なので、私自身もう少しちゃんと理解しておきたい。
 伊勢神道についてももっと勉強しておかないといけない。

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