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神社勘も必要

 今日の1ページは西区平出町の白山社
 自分の感覚をそれほど信用しているわけではないのだけど、これは気のせいではないだろうという強い感覚もあって、実際にそれが合ってるのか間違っているのかはともかく、完全に無視してやり過ごすことはできない。主観の問題なので客観的な裏付けなどは必要ないともいえる。
 神社にネガティブな感覚を覚えることはそれほど多くないとはいえ、たまにある。それを感じたからといって神社紹介のページに書くべきではないのかもしれないけど、その感覚が神社の歴史を間接的に語っている場合がなくはないと思って書くこともある。
 平出町の白山社で感じた感覚は他ではあまり味わったことがないものだった。中区の花車神明社がやや近いだろうか。いや、やはり違うか。あそこは重かったけど、何かの気配を感じたのに対して、平出町の白山社はそういう重さではなかった。
 感覚的な部分を追求することを目的としていないので、これ以上どうこうということはないのだけど、印象に残ったのは間違いない。
 引き続きその神社から受けた印象や感覚については多少書いていこうと思っている。
 神社を理解するためには、書物や史料から得られる知識だけではなく、神社勘といったものも必要だ。感覚的な理解というのは考えている以上に重要なことのように思う。

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