失われた豊かな信仰

 今日の1ページは北区の金神社(山田天満宮内)
 金神社の前身が大将軍社だという情報は見たことがないのだけど、『尾張志』にも大将軍ノ社とあるし、『愛知縣神社名鑑』も将軍の社と書いているから、実際そうだったのだろう。それが金神社と改称したいきさつは本編に書いた通りだと思う。
 お金の神社だと思い込んだ人たちの勘違いに神社側が乗っかった形だ。

 昔の日本人は方位というものを非常に重視していたから、方位の神を祀った例は現代人が考えている以上に多かったはずだ。
 明治政府がやった神仏分離政策などは非常に罪深くて、単に神社と寺を分けたというだけでなく、日本人が古くから生みだし育ててきた信仰そのものを破壊してしまった。
 神仏習合が必ずしも正しい姿とは思っていないのだけど、それまで多様だった信仰の形を無理矢理単純化してしまったことでいろいろなことが分かりづらくなってしまった。
 結果として、信仰への無関心さを生んでしまった面もある。
 昔はよかったなどと言うつもりはないけど、信仰の豊かさでいえば、昔の方が遙かに豊で奥深かった。身近にも遠くにもいろいろな神がいた。
 明治政府だけの責任ではないとはいえ、かつて豊かだった神社仏閣文化が衰退してしまったことは残念だ。

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