絶対確実な式内社はほとんどない

 今日の1ページは西区城西の武島天神社
 今の泥江縣神社と武島天神社を比べたら、それはもう格が違いすぎるのだけど、ひょっとすると武島天神社こそがかつての泥江縣天神かもしれないと考えるのは楽しい。長い歳月の中で交代劇や逆転劇といったものが必ずどこかで起こっているはずで、ここがそうではないとは言い切れない。

 現在式内社とされている、もしくは名乗っている神社の中で、絶対確実に『延喜式』神名帳に載る神社といえるところは3割もないんじゃないだろうか。平安中期以前から直結している神社ということでいえば1割くらいかもしれない。
 途中で遷座したり、壊れたり、没落したり、合祀したり、祭神が変わったりといろいろあるのが神社で、元の神社の原形を保っているか保っていないかの線引きも難しい。
 尾張国でいうと式内社は121座が登録されている。そのうち名古屋市内では何社かというのは断定できない。市をまたいでの論社がたくさんあったりするから。
 名古屋市内でほぼ確実といえるところが何社あるか。突き詰めていくと熱田社くらいしか断言できないかもしれない。疑い出すとすべてが疑わしく思えてくる。
 いずれ名古屋市内の式内論社に関しては総括しないといけないと思っている。そのためには熱田社関連をすべて終わらせる必要がある。

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