どうして神明造にしてしまうのだろう

 今日の1ページは港区知多の山神社
 港区で山神社はちょっと珍しいなと思ったのだけど、歴史を知ってなるほどそういうことかと納得した。大三島では海の神でもあるから、海を陸地化した港区で祀ることは不自然ではないのだけど。
 それにしても、山神社でありながら神明鳥居と神明造はちょっとどうなんだろうと思う。やっぱりそれは不自然に思える。港区は空襲で焼けているし、伊勢湾台風で被害を受けているから建て直しているところが多いのだけど、どうして神明造にしてしまったのだろう。流造は神明造よりも金額が高いのだろうか。
 鳥居に関しては神明鳥居も明神鳥居もそんなに変わらないと思うのだけど。

 港区の残りは14社になった。順調にいけば8月中に終わる。
 しかし、緑区の残りを確認してみたら30社以上あることが判明した。どう考えても9月中には終わらない。
 その他の区もちょくちょく取りこぼしていて、あわせると20社くらいはありそうだ。
 ということは10月いっぱいかかるということではないのか?
 なんとか二本立ての日を増やしていくしかない。
 なんとなくもうすぐ終わりそうな気がしていたのは気のせいだった。

スポンサーリンク

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Scroll Up