中川区で本当によかったのか

 二周目の直しは、中川区の神明社(江松5)三輪社(榎津)

 中川区の神社の直しをする中で、ようやく土地勘が戻ってきた。村の位置関係が把握できてきた。
 中川区は旧村名が地名として多く残っている地区なのでありがたい。村名はどこかへ吹き飛んでしまって何々何丁目ばかりの区も少なくない。
 自然河川の中川があって、それを中川運河にしたことから中川区という名前にしたのだろうけど、本当にこれでよかったのだろうかと思わないでもない。中川区内には庄内川も新川も荒子川も戸田川も流れている。中川運河は右端をかすめるように流れているだけだ。
 中村区の場合は中村(中という名の村)だったから自然な区名だけど、中川村というのはなかった。
 今更だけど、中川区は本当に中川区でよかったのだろうかと疑問を抱いた。

 名古屋遺跡マップはとりあえず弥生遺跡のページ作りまで終わった。
『名古屋市市史 資料編 考古1』をパラパラと見ているのだけど、やはりしっかりしたサイトにするためにはある程度時間をかけて作らないといけないとあらためて思った。早く終わらせることを考えてはいけない。
 明日からは古墳と古墳時代遺跡のページ作りを始める。



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