『先代旧事本紀』はよく分からない

 二周目の直しは、緑区の秋葉神社(鳴海町上汐田)雷社諏訪社(相原郷)喜徳稲荷

 雷社も雷神を祀った珍しい神社で興味を惹かれるのだけど、この中ではなんといっても相原郷の諏訪社が気になる存在だ。
 どうして先にあった熊野社を追い出したみたいな話になったのか、何故熊野社側に移されたという話が伝わっていないのか、その証言の食い違いのどちらが正しいのか、結局判断がつかなかった。
 神ノ倉の熊野社は熊野社で非常に重要な神社で、後から来た諏訪社に追い出されたとは思えないし、熊野社はあの場所にあるから意味があるのであって、別の場所から移されたという話は不自然に思うのだけど。

『先代旧事本紀』をようやく読み終えた。
 よく分からない書だ。
 物部氏を尾張氏と同一視して天孫につなげたかったのだろうという指摘があるのだけど、それだけが目的とは思えないし、『古事記』、『日本書紀』の神話をそのまま踏襲した意図も読めない。
「天孫本紀」に尾張氏と物部氏の系譜を詳細に書いてはいるけど、だからといって物部氏の功績を誇るわけでもなく、物部氏が書いたとは決めつけられない。
 天皇の略歴を淡々と記し、国造家135氏の祖先伝承を書く。しかし、内容がどうにも中途半端な気がする。
 これは誰が誰に向けて何の目的で編さんされた書なのだろう。

 もう一度『古事記』を読み直して、次は『古語拾遺』を読もう。



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