遺跡と神社の関係性

 二周目の直しは、中川区の津島社・秋葉社(露橋)神明社(笈瀬町)

 露橋の津島社・秋葉社をテレビ番組で紹介したいので連絡先を知りませんかという問い合わせが少し前に来たのだけど、残念ながら分からなかった(番組は鎌倉街道を紹介するという内容のものだった)。
 この手の情報はネットにはまず載っていないので、方法として考えられるのが、自治体の責任者を探すことだ。実際に自分でやったわけではないのだけど、地図を調べて町内会の店などに問い合わせるのがいいのではないかと思う。
 今回は近くの観音寺に訊ねてはと提案したのだけど、それでは分からなかったらしい。
 となるとやはり、町内のどこかに取っかかりを見つけて、そこからツテを辿っていくくらいしかないのではないだろうか。
 神社に連絡を取ることは思っている以上に難しいことだったりする。

 名古屋遺跡マップを引き続きやっている。
 その中であらためて気づくのは、古い神社の近くには遺跡や古墳がある確率がかなり高いということだ。逆に言うと、遺跡のある場所の近くには高確率で神社があるということが言える。
 神社の創建というのは一般的には飛鳥時代以降とされているのだけど、歴史は途切れることなく連続していることを考えると、早ければ縄文時代に創祀されたと言える神社もあるのではないかと思う。更にさかのぼって旧石器時代ということもあり得ないことではない。
 たとえば熱田神宮は弥生時代後期の遺跡の上に建っている。熱田神宮は熱田台地の南端に建てられたというだけでなく、弥生時代から連続する時間軸の上に建てられているとも言えるということだ。
 遺跡と神社の関係は今後も追究していかなければいけないテーマのひとつだ。