中川区の感覚

 二周目の直しは、中川区の熱田社(春田)神明社(春田)

 中川区の神社を回るまでは、中川区は歴史の浅い土地だと思っていたのだけどそれは違うことを知った。1号線より南は江戸時代になって干拓で作られた新しい土地だけど、1号線より北はそうではない。富田荘があったあたりは少なくとも平安時代中期に田んぼや集落ができていた。
 ただ、海抜でいうと神明社のあるあたりは0メートルどころか-1メートルだから、平安海進のときでさえ水浸しだっただろう。
 蛇行して流れる庄内川や戸田川に挟まれたところで無事に済んだとは思えない。弥生時代や古墳時代の遺跡が見つかるようなところではないということでいうと、やはりそれほど古い土地ともいえない。
 中川区は大きく分けると、庄内川の東と西ということになる。愛智郡と海部郡に分かれていたことからもそれはいえる。
 中川区民の感情や感覚は分からないのだけど、よそ者からすると、庄内川から向こうはもう名古屋ではないような気さえする。
 中川区も一通り巡ってある程度土地勘はできたとはいえ、自分がそこに住むというイメージは持てない。逆に中川区の住人からすると名古屋駅や栄の向こうに近しさは感じられないのかもしれない。