武内宿禰はいた

 神様事典【名古屋編】の追加。武内宿禰。

 本編で書いたように武内宿禰は複数人が名乗った役職のようなものと考えるのが合理的なのだけど、本当にそうだったかどうかは分からない。実は300歳も生きたのかもしれない。現在の常識が古代においてもそのまま通用するとは限らない。
 もしかするとヤマトタケルもそうであるように、武内宿禰というのもまた特定のモデルがいたのではないか。複数人ではなくひとりの人間として。
 どの時代にもスーパースターがいるもので、それはもう、スーパーなスターなわけだ。特別中の特別といった人間がいてもおかしくないし、むしろ必ずいたはずで、その伝説がひとり歩きしたということは充分に考えられる。
 だとすればそれはやはり、仲哀天皇から神功皇后の時代の人だろうし、記紀が伝える話はけっこう事実に近いのではないかとも思うのだった。

 明日はまた更新は休みで、あさっては応神天皇を書きたいと思う。