今日の1ページは港区西福田5の神明社。
西福田新田の神社はどこも創建のいきさつがはっきりしない。どうしてなんだろうとちょっと不思議に思う。
1643年に鬼頭景義が干拓して、1665年に志水甲斐守が開発をし、1684年に検地が行われたというところまで伝わっているのに、どうして神社についてはほとんど伝わらなかったのだろう。
神社の由緒書きも、『愛知縣神社名鑑』も、あまり当てにならない感じもある。『尾張徇行記』の創建年も信じていいのかどうか。
港区の残りは熱田社2社と神明社2社となった。8月中に終わる。
神明社が多いことは分かっていたのだけど、それにしても多かった。もはやどこの神明社がどうだったか詳しくは思い出せない。
藤前の神明社と東茶屋の神明社は印象に残っている。
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