荒子や高畑と少し馴染みに

 今日の1ページは中川区荒子の冨士天満社
 前田利家はやはりビッグネームということで、やっていないこともやったことになっていることが少なからずあるように思う。信長、秀吉ほどではないにしても、加藤清正や柴田勝家などと並んで名古屋が生んだ郷土の英雄には違いない。
 実際のところ、荒子の冨士天満社創建のいきさつはどういうものだったのだろう。利昌が荒子城築城にともなって勧請したというのが話の筋道としてはすっきりするのだけど、事実その通りならそういうふうに伝わっていてもおかしくない。わざわざ年代的に合わないような利家の名前を出すまでもない。
 ひょっとすると荒子城とは関係ないかもしれない。もしくは、荒子城が廃城になった後に建てられたという可能性もある。

 荒子のあたりは、荒子観音に行ったことがあるくらいで、それ以外はほとんど知らなかった。
 神社めぐりを通じて、少しだけ荒子や高畑のことが分かった。高畑も行ったことがない地下鉄の終点というだけの町ではなくなった。荒子観音もあらためて行くことができてよかった。
 今後の中川区のページ作りは、荒子から南下して西へ向かうことになる。愛智郡から海東郡へ。
 愛智郡と海東郡の境界もよく分かっていないので、そのあたりも分かるようになっておきたい。

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