古ければいいってものでもない

 名古屋は戦国武将の逸話には事欠かない。信長、秀吉をはじめ、その大勢の家臣たちが数々の足跡を残している。城もたくさん築城されて、廃城になった址に神社が建てられたというパターンも多い。
 今日の山神社・お福稲荷もその中のひとつだ。城を築くと神社はセットというのが当時の常識だったようで、必ずといっていいほど神社を創建したり、どこかから移してきたりしている。特に鬼門の守護というのが多い。
 城跡のあるとこに神社ありとも言えるし、その逆もある。寺になるパターンもあるのだけど。

 かつて私の中では、神社は江戸時代に建てられたものとそれ以前のものという大雑把な区分しかなかった。江戸時代のものはあまりありがたみがなくて、それより古いとありがたみがあるといったような適当なものだった。
 さすがに今はそれなりに細かい区分で捉えるようになった。鎌倉と室町では全然意味が違うし、江戸時代といっても前期と中期以降ではやはり違っていて、そのへんはきちんと区別しなくてはいけないと思っている。
 一番古い神社はどの神社でいつの時代か、というのは難しい問題だ。よくいわれるのが奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)などではあるのだけど、何を持って神社とするかという問題もある。自然崇拝や信仰自体は弥生時代以前からあっただろうし、社殿を建てた時点が神社の創建となるかといとそれも微妙だ。
 一般的に九州、大和が古いと思われているけど、実は関東も同じくらいか、もしかしたら西より古い神社があったともいわれる。信州の諏訪大社なども最古の神社のひとつとされている。
 私の守備範囲ではないのだけど、関東の古い神社というのも古代の歴史を考える上で重要なポイントになるはずだ。

 なんにしても、古ければいいってものではないし、新しければ駄目というわけでもない。時代だけで神社の格を判断するのもやめようと最近は思っている。
 平成時代にもあらたな大社をどこかに建てればいいのにと思う。
 平安神宮は明治時代、明治神宮は大正時代、近江神宮は昭和時代にそれぞれ創建さている。
 まったく新品の立派な神社が建てられたら、それはそれで見てみたいと思う。
 古い形式の木造にこだわるのではなく、現代らしい建築で社殿を建てて、それを次の時代に残していくというのも意味があることではないだろうか。



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