遙拝所としての役割

 今日の1ページは東区の松山神社
 東区の神社はめぐり終わったつもりでいたけど、まだいくつか取りこぼしがあった。その中のひとつがこの松山神社だった。最近まで存在も知らなかった。
 高岳の早咲きザクラを撮りにいったとき、ちょうど近くにあったので寄っていったのだった。最近は撮影のついでに神社に寄るのではなく、神社へ行くついでに撮影もしていくことが多くなっているのだけど。
 それにしても、名古屋市内の神社で羽黒修験道関係のところがあるとは思わなかった。あらめて少し勉強してみてなるほどそうだったんだということがいろいろあった。
 熊野ですら遠いのに、羽黒山まではきっと行けないだろう。現代の私がそうなのだから、交通が発達していなかった過去の人たちにとってはなおさらだ。伊勢も富士山も江戸も、遠い。だからこそ、講という集まりが発達したわけだし、遙拝所というものがたくさん作られたのだ。遙拝所から拝んで少しでもそこへ行った気持ちになったというのも分かる気がする。今回私も、松山神社を通じて、遠い羽黒山に思いをはせることになった。神社にはそういう役割もある。

 そろそろページ数も増えてきて、バックアップも取らないといけないと思い始めてきた。全部消えてしまってもう一度ゼロからやり直しとなったら立ち直れない。ここから書き直しは無理だ。
 プラグインでバックアップができるようなのだけど、かなり難しそう。ざっと説明を読んだだけでは理解できない。たとえバックアップを取っても復元が難しいというのであればバックアップは気休めでしかない。ワードプレスの構造はなんでこんなに複雑なんだろう。
 それに、ロリポップサーバーは遅すぎてエラーになってしまいできない可能性もあるとか。
 こうなったら、本文だけでもコピー&ペーストしてPC内に保存しておくという原始的な方法しかないかもしれない。本文さえ消えずに残っていれば復元はなんとかなる。
 日記ブログのときはバックアップなんて考えたことがなかった。ブログといえども一度消えてしまったら二度と元には戻らない。
 それもまたよしと達観すべきだろうか。



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