ククリヒメとは何者なのか

 今日の1ページは、中区の新栄白山神社
 古墳の上に白山社を創建するのは、たまたまじゃないはずだ。何か理由や必然がある。少なくとも、創建当時の人たちの間では共通認識があったということだ。今の我々にはそれがよく分からない。
 何故、白山の神はククリヒメになったのか。それが最大の謎であり、謎を解く鍵でもある。
『日本書紀』の異伝にわずかに登場するだけのククリヒメが、どういう経緯で白山の神になったのか。『日本書紀』以外に人々がククリヒメのことを詳しく知る手がかりのようなものがかつてはあったのか。
 ワンシーンに登場しただけのククリヒメに物語を与えた誰かがいたのか。
 ククリヒメは誰の子だとか、そういうことも一切分からない。
 実際にククリヒメが存在しかどうかが問題なのではなく、かつての人々がククリヒメをどういう存在と考えていたか重要な点だ。
 白山信仰とは何なのか。修験と死はどういう関係性にあるのか。白山は冥界の入り口という発想があるのかないのか。
 富士山のコノハナサクヤヒメには、ある種の実態がある。物語があり、共通のイメージを持っている。ククリヒメにはそれがない。
 ククリヒメとは何者なのか。
 またひとつ、大きな課題ができた。



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