熱田台地がキー

 今日の1ページは中区の泥江縣神社
 普通に読めば、どろえけん。ひじえあがたと読むのは名古屋人でも難しい。泥江町を知っている人なら読めるだろうか。

 名古屋の歴史は熱田台地が鍵を握っている。
 縄文時代から弥生時代、古墳時代から平安時代にかけて、この台地上でどれほどのドラマが展開されたか想像できない。
 埋もれていまだ発見されていない古墳や遺跡などもたくさんあるはずだ。
 私は歴史家ではないので真実を追い求めなくていい気楽さがある。想像して楽しんでいるだけでいい。
 熱田台地南部の歴史はある程度解明されているけど、北部の歴史については意外と知られていない。
 若宮八幡社や泥江縣神社、洲崎神社などの古い神社は誰が建てたのか分からないというのもそのひとつだ。ここを勢力下に治めていた存在がまったく見えない。
 尾張氏の勢力範囲は大須あたりまでだったのか。その尾張氏は古墳時代以降、どうなってしまったのか。
 古い神社の存在は歴史を紐解くきっかけになると同時に、大いなる謎を問いかけてくる。
 熱田台地上にある神社の総括も、いずれやらないといけない。

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