織田信照のこと

 今日の1ページは瑞穂区の北条八幡社
 中根南城址ということで、城主の織田信照の話になった。
 本当のお馬鹿さんだったのか、馬鹿のふりをしていただけなのか。
 信長も若い頃は奇行を繰り返して大うつけと呼ばれていたけど、あんなスケールの大きさは感じさせない。
 信長の次男の信雄も家臣にあきれられて侮られていたけど、ああいうのともタイプが違う。
 少々間抜けなくらいでは後世まで馬鹿呼ばわりされないだろうからよほどだったのか、やはり演じていただけなのか、どちらだったのだろう。
 信長の息子よりも信長の弟の方がつらそうだ。いつ殺されるかというのもあるし、比べてしまうと何もかもかなわないと思ってしまうだろうから。
 信照の母は尾張一の美女だったなんて話もあるくらいだし、信長の家系も美男美女だから、信照もかなりいい男だったんじゃないかと思うけど、両親が美男美女だと案外子供はそうでなかったりする。
 今後、どこかの神社で信照のことが出てくるかどうかは分からないけど、北条八幡社で私は信照に出会えたことを嬉しく思う。
 信照という男、私は嫌いじゃない。

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