名古屋と浅間信仰

 今日の1ページは西区浅間町の巾下冨士浅間神社
 全国に浅間神社は1,300社ほどあるそうだ。単純に49都道府県で割ると一県につき26社ということになる。ただ、北海道や九州、沖縄などは少ないだろうから中部から関東にかけての密度が濃いと思われる。
 地理的なことを考えると名古屋の浅間神社は少ないんじゃないだろうか。たぶん10社はないと思う。
 尾張にも浅間信仰はあっただろうに、白山社や御嶽社と比べると浅間社は多くない。かつてはもっとあったのだろうけど。
 家康は富士山が好きだったのに、自分が作った名古屋の町で富士山信仰を奨励しなかったのはどうしてだろう。
 名古屋から富士山までは江戸時代の人なら普通に歩いていける。江戸からお伊勢さんまで14日くらいかけて歩いたというから、名古屋から富士山までは10日くらいだろうか。
 当時、名古屋から富士山はたぶん見えない。富士見坂などという地名のところもあるけど、少なくとも名古屋城下からは見えなかったはずだ。
 名古屋の人たちにとって富士山とはどんな存在で、浅間神社とはどういうものだったのだろう。
 富士山に見立てた富士塚も昔はいくつか築かれたようだけど、今は残っていない。
 何故、名古屋では浅間神社があまり流行らなかったのか。
 流行った理由を探るよりも流行らなかった理由を探る方が難しい。
 名古屋における富士山信仰、浅間信仰については引き続き調査する必要がある。

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