何故ここに武内宿禰?

 今日の1ページは名東区貴船の貴船社
 そんなに複雑な神社ではないと思っていたのだけど、調べてみるとこれがけっこう難しい。分からない部分がいくつも残った。
 上社村、下社村、一色村のそれぞれに貴船社があったというなら、それらは無関係とは思えない。どこが最初だったのか、祭神はどうだったのか。
 矢白伝説も実際のところよく分からない。水不足に困っていて水の神を祀ったというのは本当だろうけど、どうしてそこに武内宿禰が出てくるのか。安倍晴明でも、弘法大師でもよかったのに、あえての武内宿禰なのか。
 同じ名東区にある和爾良神社は武内宿禰の子孫が建てたなんて話もある。名古屋市内の他の地区では登場しない武内宿禰が、どうして名東区にだけ登場するのかもひとつの鍵を握っていそうだ。
 ちょっとすっきりしない気分ではあるのだけど、今のところ本編に書いたところまでで行き止まりのようだ。

 名東区は神社が少ないから、このまま最後まで終わらせてしまってもいい。全部で10社ちょっとだろうか。どの区もこれくらいならもうとっくに終わっているのだけど。
 全部で400社は超えないと思っていたけど、最終的には450社くらいになるんじゃないだろうか。
 こんなことになるとは、去年の2月に始めたときには思いもしなかった。