近所の歴史も知らない

 今日の1ページは名東区一社の貴船社
 一色村と上社村と下社村それぞれの貴船社の創建時期や関係性が気になっているのだけど、結局よく分からない。
 白い羽の矢と雨乞いの話は白羽の矢を立てるから来ているのではないかという思いつきは、当たってるかもしれないし外れているかもしれない。
 武内宿禰が白い羽の矢を与えて雨乞いしたという話はいかにも唐突すぎる気がする。白羽の矢を立てたということであれば話の筋は通る。
 不慮の死を遂げた人間を若宮として祀ったことから若宮神社になったというのも半ば私の想像の産物なんだけど、白い羽の矢の話はそれに通じるものがあるように思う。
 神社の祈祷はときに呪術的で、神と人との関係性においてある種の犠牲はつきものだったりする。時に神は残酷な一面も見せる。

 名東区という土地が秘めている歴史をもう少し掘り起こしたくなった。今は住宅地の中に埋もれてしまっている。歴史の町というイメージは一切ない。
 貴船社は一色城があったところだし、下社には柴田勝家の下社城もあった。小牧長久手の戦いでは、軍勢が香流川を渡ったりもしている。
 今でこそこぎれいな郊外の住宅地になっているけど、戦後しばらくは藪だらけの荒れ地のような土地だったという。
 古墳があったというのならそれも知りたいし、東山古窯や遺跡についてももう少し知っておく必要がある。縄文時代の名東区についてはどれくらい分かっているのだろう。
 名東区に古い神社がないことの理由も知りたい。失われてしまったとすればその要因があったはずだ。
 近所の歴史もその気になって調べないと何も知らないものだ。