拾ってくれる人を選んだのだろう

 今日の1ページは昭和区西畑町の樫ノ木龍神
 断片的な情報はある。石碑に昭和14年と刻まれていること、川原通で拾われたのが昭和31年ということ、樫の木の龍神であること。
 このあたりが住宅地になったのは戦中のことで、宅地化される中で龍神の住み処が奪われ、石碑として祀られることになったのではないかと想像する。溜め池の主ということだったかもしれない。
 ここの奥さんが拾わなければそのまま失われていた可能性が高い。拾った人のところに敷地があったからよかったようなもので、マンション住まいとかだったら拾って帰ることはできなかっただろう。龍神の方が拾ってくれる人を選んで夢に出たともいえる。
 夢のお告げというのはなかなか侮れないもので、そこから神社が建ったという話もいくつか聞いた。
 今あるのはアパートの敷地ということで、しばらくは安心だろうけど、今後はどうなっていくかは分からない。土地の所有者が変わったときそのまま引き継いでくれるとも限らない。
 公共の公園にあった方が安心かといえばそうとも言えず、千種区の茶屋が坂公園にあったはずの龍神はいつの間にかなくなってしまった。
 西区城西の樫ノ木龍神も廃社になってしまったし、いつまでもあると思うな町の神社といったところか。

 今日から二週目の直しに入った。
 まずは西区からやろうということで、伊奴神社から始めた。
 前半は手抜きしていたわけではないのだけど、まだ史料もちゃんと揃えてなくて内容的に足りない部分が多々あるので、書き足さないといけない。
 やってみるとこれがなかなか難しい。一度完成させた文章に追加要素を加えて前後の話の流れを崩さないというのは最初から書くより難しいかもしれない。
 ただ、2年近く、700ページ以上書いてきた中でスタイルが確立されたので、それに当てはめればいいことは分かっている。初めの頃の手探り状態ではない。
 直しも時間がかかるけど、やるしかない。

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