古墳と神社の関係は

 今日の1ページは守山区市場の白山神社
 712年創建という話を信じていいのかどうか分からないのだけど、何らかの根拠があることはあるのだろう。ただ単に古い神社ということを宣伝したかったわけではないだろうから。
 『延喜式』神名帳に載らなかった神社はたくさんあって、載っていないからといって必ずしも格が低いというわけでもないのだろうけど、載らなかったのには何か理由があったはずだ。もしかすると当時は古墳の上に祀られた小さな祠だったのかもしれない。

 古墳の上に神社を建てることの意味については引き続き検討しなければいけないテーマのひとつだ。
 古墳が人の墓という認識がなかったはずはないのだけど、死というケガレ(汚れではなく気が枯れるという意味での気枯れ)と神社は相容れないのではないのか。古墳は祭祀の場という認識だったのか。
 古墳の上に建てられる神社は白山社が多い印象がある。きちんと統計を取ったわけではないし、名古屋以外の事情も知らないのだけど、名古屋では古墳+白山社のパターンが多い。他県でもそうなのか、土地柄なのか。
 古墳と集落との距離感や位置関係というのも以前から気になっている。生活空間と連続していたのか、隔絶していたのか。
 古墳に代わるものは単純に墓だったのか、寺だったのか、神社だったのか。古墳と神社との関連性はあるのか。
 まだまだ私自身理解できていないことがたくさんある。

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