稲荷社よりも山田才吉

 今日の1ページは南区明治2の稲荷社
 熱田から戦後にここに移されてきたらしいということくらいしか分からない。それだけでも分かったのは『南区の神社を巡る』のおかげで、南区の神社に関してとても助かっている。この本に関わった人たちの実地調査がなければ知り得なかったことが本当に多い。
 他の区もこのレベルのものが全部揃っていれば私など出る幕はなかった。その方がよかったのかどうか。

 稲荷社自体はほとんど何も分からないので、熱田軌道の話を書いた。
 山田才吉という人はなかなかの人物だ。社会貢献なんてことはまず頭になくて、とにかく自分の夢を実現することと商売を繁盛させることだけを考えていた節がある。これくらい自分の欲と夢に突っ走ってもらった方がかえってすがすがしい。世のため人のためなんてことを大声で言う人はどこか嘘くさい。そういうことは人知れずこっそりやるものだ。
 それにしても山田才吉が描いた夢の名残が東海市の大仏だけとはちょっと寂しい。東築地がレジャーランドだったなんて、名古屋の人間こそ信じられない。竜宮なんておかしな地名はどこから来てるんだろうと思ったら、水族館の龍宮館から来ていたとは。
 名古屋に市電が走っていた頃の風景はまったく覚えていない。今の時代こそもう一度市電を走らせればいいと思うけど、道路事情を考えると簡単ではない。

 書くことがあまりないときは、こんな小ネタを挟んでいこうと思っている。こういう話を書くことが好きというのもある。

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