神様側から見る神社

 今日の1ページは西区名西の八坂神社
 神社の前を通って刑場へ向かう罪人が鳥居の前で落馬したので社殿を南向きから東向きに変えたという話は興味深い。東向きに変えたら落馬しなくなったという話のオチもつく。
 蕃塀は神社の神様から外界を見えなくなるために建てたのが始まりという説がある。それは的を射ているかもしれない。

 神社の写真を撮るとき、神様側から見た視点で撮ることがある。
 神社というのは人間の都合に合わせて建てられたと思いがちだけど、本来は神様の視点で建てられたものだったはずだ。そこを認識しないと神社の本質を見失ってしまう。
 人が北に向かって参拝をするとき、神様は南を向いている。社殿の向きが南向きといえば、それは神様側から見て南を向いているということだ。
 神社を訪れた際は、自分が神様になったつもりで神社を見てみるといい。様々な人たちがそれぞれの思いを抱いてやって来て、お参りをして帰っていく。自分が神様だったら、それらの人たちを愛おしく思うだろう。祈りが切実であれば、がんばれよと応援したくなるというものだ。
 神社っていいよなぁとあらためて思うんじゃないだろうか。

スポンサーリンク

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Scroll Up