天武天皇時代の名古屋の神社は

 今日の1ページは西区名塚の白山社
 天武天皇と尾張国との関係性がよく分からない。
 大海人皇子のとき大友皇子との戦いで尾張氏は兵を出して大きな貢献をしているはずなのに、天武天皇として即位してから尾張氏はあまり優遇されいるような感じがない。何故か『古事記』、『日本書紀』には尾張氏の活躍などは描かれていない。その代わり、ヤマトタケルのところで尾張氏は登場し、草薙剣が天武天皇に祟ったということになっている。それは何を意味しているのか。
 天叢雲剣を倭姫がヤマトタケルに貸し出すことを許したところまではいいとして、どうしてヤマトタケルが尾張氏のところに置いてきた草薙剣を大王は取り返さなかったのか。普通に考えて辻褄が合わない。
 この話をし出すと長くなるのでやめるけど、天武天皇時代の尾張国がどんな状況だったかは気になるところだ。
 社殿を持つ神社がどれくらいあったのか。創祀としてはどこでどんな神を祀っていたのか。
 まだまだ名古屋の神社の全体像は見えてこない。

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