どこにいても災害からは逃れられない

 今日の1ページは港区東築地の東築地神社
 東築地が埋め立てでできたのが明治43年で、翌明治44年に熱田大神を祀る神社を建てたというのは分かりやすくていい。謎はない。
 ちょっと分からなかったのは、途中での引っ越し先だ。通常であればそれほど正確な場所が分からなくても問題はないのだけど、才吉が建てた南陽館や名古屋教育水族館との位置関係が気になる。特に水族館が竜宮町にあった頃と神社の場所がかぶっている気がするのだけど、違う場所だっただろうか。

 港区南部は場所柄、台風での被害は免れられないところで、昭和34年の伊勢湾台風は直撃なので被害は大きかっただろう。
 名古屋の南部の神社を調べていると伊勢湾台風の話がよく出てくる。中部から北東部では第二次大戦末期の空襲の被害の話が出る。
 じゃあ、それ以外の場所は何もなかったかというと川の氾濫という災害に襲われている。
 日照りによる水不足や疫病もあり、結局のところ安全な場所はどこにもないのだろう。
 最近、ふと思ったのだけど、大地震やそれに伴う津波被害というのは名古屋はどうだったのだろう。伊勢湾の奥までは津波は入ってきたことはないのだろうか。神社の歴史を調べている中で津波被害というのは一度も出てきたことがない。地震はたまにあるけど、それもあまり出てこない。
 今後はそのあたりももう少し注意して意識していくことにする。

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