神社は変容する

 今日の1ページは港区宝神町敷地の熱田社
 宝神町会所裏の熱田社と同じく、『尾張志』では八劔社と他の神社の相殿になっているのに熱田社になった神社だ。理由はよく分からない。八劔社で都合が悪いことは何もないと思うのだけど。
 神社の本質は不変ではなく変容だから、どのように何度変わってもかまわないと考えれば、それもまたひとつの必然だったのだろう。
 変容とは後戻りできないことをいう。神社も後戻りできない。

 港区の残りは神明社が多い。神明社が連続して、どこのことだったか思い出せないくらいだ。全部終わったときは、もはや自分でも区別がつかなくなっているだろう。以前やった中川区とかがそうだから。

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2件のコメント

  1. 重箱の隅をつつくようで申し訳ないですが、神社の解説の中に出てくる熱田神宮の神宮寺の一つ「愛梁院」は、愛染明王をまつる「愛染院」ではないでしょうか。

    1. >のみぴょんさん

       こんにちは。
       指摘いただきありがとうございます。
       やっぱり、愛染院でしたか。
      『港区の歴史』に愛梁院とあったのでそれが正しいと思って写したのですが、『尾張志』などでも愛染院になってるから、こちらが正しいようですね。愛梁では意味が通らないですもんね。
       ダブルチェックの必要をあらためて思います。

       また間違いなどありましたら遠慮なくご指摘ください。助かりますので。
       よろしくお願いします。

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