古代史の神社側アプローチ

 今日の1ページは北区楠味鋺の東八龍社
 ここしばらく物部のことが気になっている。以前、漠然と抱いていた物部のイメージは全然違っていて、もっとずっと重要な鍵を握る一族だったと認識を改めた。
 初期ヤマト王朝とどう関わったのか、尾張国における尾張氏との関係がどうだったかに特に関心がある。
 蘇我氏と仏教導入を巡って争って負けたなどという単純な話ではない。
 半ば消された格好になっているのには必ず理由と必然がある。しかし、完全にいなかったことにできるはずもなく、隠しても隠しきれなかった部分が残った。『古事記』、『日本書紀』における物部の扱いは中途半端で、何が言いたかったのかよく分からない。
 ニギハヤヒも重要な鍵を握っている。天照が女神の天照大神になる前は男神のアマテルだったとする説がある。だとすれば、天照国照のニギハヤヒこそが大王家の祖神だったということもあり得る。
 持統天皇と藤原不比等が『日本書紀』の中で作りかえてしまった歴史を今更ながらどこまで正しい姿に戻すことができるか。
 尾張氏に関する考察も途中で止まっている。尾張国がまだ尾張氏に統一される前に勢力を持っていた一族のことも発掘していきたい。そのためには、名古屋市内にとどまらず、尾張国全体まで視野を広げる必要がある。
 古代史の謎を解くヒントは神社の歴史の中にもある。
 神社調査を基本としつつ、古代史に関しても少し書いていければと思っている。

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