國常立命の今と昔

 今日の1ページは港区春田野の神明社
 港区に二社ある郷社のうちの一社。もう一社は名古屋港総鎮守の築地神社だから、西エリアの代表神社がこの春田野の神明社ということになる。
 伊勢の神宮から勧請して國常立命を祀るなんてことが本当にあったのだろうかと疑ったのだけど、七反野の神明社も祭神は國常立命で、そこは福田新田の総鎮守的な神社で、福田新田開発者の鬼頭景義が祀ったというから、どうやら本当のようだ。
 このことでいろいろと認識を改めないといけないことになった。伊勢の神宮のおそらく外宮からだと思うのだけど、江戸時代前期の人間にとって外宮の神は國常立命だったということなのだろうか。それとも鬼頭景義の個人的な信仰心から来ているのか。
 國常立命など、現代では一部の人間を除いて一般的には馴染みのない神となっている。伊勢の外宮で國常立命を祀っているとはいっていないし、春田野や七反野の神明社の氏子たちでさえあまり意識していないのではないかと思う。
 私も國常立命について特にこれといったイメージは持っていない。
 時代の移り変わりの中で自然消滅的に消えていったのか、それとも何らかの勢力によって消された神なのか。
 今後はもう少し意識していくことにしたい。

スポンサーリンク

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Scroll Up