普寛行者が重要な鍵を握っていた

 今日の1ページは名東区高針の御嶽神社
 以前に一度行ったことがあったかもしれないけど、参拝目的で行ったのはこの日が初めてだった。前回は名古屋で二番目の高さの親鸞山に登ることが目的だったんじゃないかと思う。
 巨大親鸞像を建てる計画があったことも今回初めて知った。それが五色園につながったというのも面白い話だ。

 御嶽教や御嶽講社に関して、少しずつ分かってきた。
 名古屋は春日井出身の覚明行者の系統で普寛行者は関東だから関係ないと思っていたのだけど、実は宮丸講の儀覚から発生している講社が多いということで、関係ないなんてことは全然なかったのだ。
 御嶽信仰や御嶽講社、御嶽教について、ある程度の流れは理解した。
 まだ行っていない御嶽神社もあるので、そこを書くときに補足できることがあれば補足したい。

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