山田郡廃止の余波

 二周目の直しは天白区の針名神社
 ほぼ全面的に書き直した。これまで得た知識と分かったことを踏まえた上で2019年基準にできたので、まずはこれでよしとしたい。

 山田郡を戦国時代に廃止してしまったおかげで、江戸時代以降現在に到るまで、郡境問題に悩まされることになった。今更恨み言を言っても仕方がないし、新資料が出てくるわけでもないだろうから調査研究がこれ以上進むとも思えない。我々は永久に山田郡の郡境問題に悩まされることになるのだろうか。
 いつか救世主が現れて、鮮やかに線を引いてくれることを願っている。そうすれば式内社の比定もだいぶ進むのではないかと思う。もちろん、郡境問題だけがすべてではないのだけど。

 それにしても津田正生説は異彩を放っているとあらためて思う。どの程度芯を捉えているのか、かすっているのか判断がつかないけど、ユニークな存在であることは間違いない。
 尾張名古屋に彼の後継者は出てこないのか。私ではまったくの力不足なので、更に待たねばならないのか。



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