瑞穂台地と熱田台地

 二周目の直しは、瑞穂区の八幡社(本願寺)八劔社(御劔町)

 ある時代までの瑞穂台地は西の熱田台地の影響を強く受けていることはまず間違いない。熱田の勢力下にあったのか、熱田の勢力が瑞穂台地にまで及んでいたのかは分からないけど。
 遺跡でいうと熱田よりも瑞穂台地の方が古いので、あるいはこちらが主だったという可能性もあるか。
 瑞穂区に八幡社が多い理由は分からない。もともと八幡社ではなかったものが中世以降に八幡社になった例もありそうだけど、もっと新しい時代に八幡社として創建された神社もあって、やはりよく分からない。
 八幡神として考えるから分からないのだとすると、最初から應神天皇を祀る神社だったということもあり得るのか。應神天皇と名古屋・尾張の関わりはあまり語られることがないのだけど、應神天皇の皇后は仲姫命で、仲姫命は建稲種(タケイナダネ)の孫だから、尾張氏との関係は深い。應神天皇と仲姫命との間に生まれたのが仁徳天皇だから、尾張で應神天皇、仁徳天皇を祀ることは充分に考えられることだ。
 八幡神社、若宮八幡神社についても認識を改めないといけないかもしれない。

 



コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Scroll Up