源平合戦の最大のピースは誰か

 今日の更新は休み。
 神様事典【名古屋編】の平景清の下調べをしていた。
 安徳天皇のところでも源平合戦を振り返ったのだけど、平家の武将目線で源平合戦を見てみるとまた違った風景が見えてくる。
 平家が敗れたのは時代の必然だったのだろうけど、単純に戦として平家側には本当に勝ち目がなかったのだろうか。たとえば関ヶ原の戦いでは西軍に勝ちの目が充分にあったというのは後世の軍事専門家の多くが指摘するところだ。同じことが源平合戦にも言えたのかどうか。
 源氏側の最大のピースは頼朝なのか義経なのか、それとは別の人物なのか。
 歴史にifはないとはよく言われることだけど、どこかでひとつ大事なピースが欠けることで結果がまったく違うものになったというのはあり得ることだ。
 平家の負けを招いた最大の要因は、平清盛が頼朝、義経兄弟を温情で生かしたことという見方もできる。
 平景清については明日書ければ書くけどあさってになるかもしれない。