2017年6月– date –
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サイト制作記
中川区北西エリアから南西エリアへ
今日の更新は、中川区の富田忠魂社と太神社。 時代の気分が神社を選ぶということがある。江戸時代でも、前期と中期と後期では人々の神社に対する考え方も違っていただろうし、明治、大正もそれぞれ全然違う。 富田忠魂社が大正3年に建てられたという... -
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中川区の地形の歴史は
今日の1ページは中川区の熱田社(春田)。 やってもやっても終わらない中川区。今はまだ、北西エリアをうろちょろしているだけだ。 現在の地名と、江戸時代の村名と、その位置関係がようやく少し分かった。 ただ、古代から江戸時代にかけての地形... -
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瑞穂区に入った
今日の1ページは瑞穂区の正及神社。 ちょっと変わっているけど好きな神社だ。他とは違うというだけでも、その神社は価値がある。祭神なんてそんなに重要じゃないと言ってしまうとちょっと言い過ぎだけど。 ついにというか、ようやく瑞穂区に入った。... -
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変化もまた本質
今日の1ページは中川区新家の天満宮。 ここは天満宮ではないだろうと分かったようなことを言ってはいけないと自戒する。 神社が天満宮といっているのだから天満宮なのだ。部外者がそれは違うなどと言っても意味はない。 神社の性格が移り変わって... -
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神になった人
今日の1ページは中川区の万場天神社。 自分が死んだ後、勝手に怨霊にされて、頼んでもいないのに学問の神と持ち上げられて、あの世で道真さんは何を思っていただろう。 どこかで読んだ道真の紹介文で、「菅原道真は日本を代表する勉強家でした」とい... -
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名古屋市周辺部も
今日の1ページは中川区の赤星神社。 町の名前を冠さなくても分かる独立名の神社はそれだけでちょっと嬉しい。変わった名前の神社には惹かれるし、行く前の期待値も高い。名前がいいからといって必ずしも気に入るとは限らないのだけど。 赤星神社もよ...